大洋丸と西田天香

大洋丸の1等のサロンは、日本のホテルのどこよりも立派だそうである。二階分を
打抜いた高い天井は極彩色である。余興の舞台を作れば、劇場程の踊り場が出来る。
その中央に引出された私は托鉢衣で、一・二等船客のために原稿もなく宗教のような
そうでもないような一燈園の生活を、その起こりから、話し始めました。
(「亞米利加をのぞいてきて」 回光社 1930 p31 西田天香

*田川さんが送ってくれたこの本から、30余年前の先師の声が聞こえました。
一燈至これどう読みます。あなたと同じヒトシ、天香の息子さんの名前です。

*先師は日本でも一番多種類の書誌を作られたが個人書誌の最高峰は
河上肇書誌』、経済学者河上が自分の経済学に悩んで入いったのが
京都山科にあった西田天香一燈園なのでした。