2005-11-01から1ヶ月間の記事一覧

大洋丸>駆逐艦春月

志賀浦村安部屋の海は、幼い日の海水浴の思い出、穴水町鵜島の造船所の記憶は、負け戦さに護衛なしの丸裸で日本海に出て撃沈される輸送船のくやしさ。とうとう父に召集令状が来て、母の実家のある土田村の国民学校に転校。新制中学で一番凄かった山下先生の…

大洋丸>深井の安部屋

安部屋の海や、鵜島の造船所が「大洋丸」という船のあれこれを調べて50年を過ごした男の海というものの憧れの原風景であると、一人思い定めてきたものだが、住んでいる江東区区営の文化センターで文献探索研究会の談話会を呼びかけたら、一人入って見えた人…

大洋丸>鵜島造船所

能登の山村に生まれ育った私が、大洋丸という商船に18才の時に、本のなかで出会い、図書館勤務で身についた文献探索癖のために、今日まで大洋丸の記事を探し続けて来た。その因縁は、安部屋の海にある。狭い田圃の盆地から森の生い茂る峠を越えて、見晴るか…

大洋丸>昭和13年5月6日−25日

11月17日に東京海洋大学越中島百周年記念館にて抄録部分の一部。 昭和13年 大洋丸航海日誌の一部(11月22日ブログに続く) 第66次航 ホノルル 05月06日 (ホノルル→桑港) 05月07日−05月11日 桑港 05月12日−05月13日 羅府 0…

大洋丸>天野編著・本庄序文

「本庄栄治郎・序文」坂本さんの教示で、本庄が洋行の帰途昭和12年10月、大洋丸乗船者だったことがわかった。深井の書誌学の師天野敬太郎編「論文総覧」の序文執筆者である本庄を覚えていた深井は、同序文再見のため同書所蔵の深川図書館に予約した。23日予…

大洋丸>昭和13年4月

11月17日に東京海洋大学越中島百周年記念館にて 「大洋丸航海日誌」抄録部分の一部。 昭和13年4月 第65次航(桑港→ホノルル) (04.01−04.05) ホノルル 04.06 (横浜←ホノルル) (04.07→04.16) 横浜 04.17−04.18 (横浜→神…

大洋丸>本庄栄治郎序文

「本庄栄治郎序文」坂本さんからの報知で、本庄栄治郎が大洋丸乗船者だった記事は、 昭和12年4月15日、箱根丸で神戸発、5月23日マルセイユ、ベルリンから欧州を旅行、英国から米国へ、10月7日桑港から「大洋丸」に乗船、24日横浜に帰着(「本庄栄治郎著作集1…

大洋丸>政府御用船

「政府御用船」1941年8月の太平洋航路閉鎖により、人と物資が滞留したので、日本政府は米国政府と交渉し、各自国への引揚者を輸送することになった。10月に政府は日本郵船の3隻を傭船、日本郵船旗を降ろし、煙突を黒塗り郵船マークも消した政府御用船を米国…

大洋丸>航海日誌>昭和13年3月

「船用航海日誌・昭和13年3月中」東京海洋大学越中島分校の百周年記念館で 「大洋丸」航海日誌を今日は吉田先生の許可で閲覧する。 吉田先生は昨日紹介した泉孝英「日本・欧米間、戦時下の旅」の巻末に 世話になった人々のなかに記されている人である。 …

大洋丸>徳永太郎

「坂本報知」により、「日本・欧米間、戦時下の旅−第二次世界大戦下、日本人往来の記録」を知り、江東区にはなかったが、都立中央図書館にあったので、借用を申し込む。「徳永太郎」は、1941年6月2日、在スイス日本公使館3等書記官に任ぜられたが、独ソ戦で…

大洋丸>昭和15年第11−12次航

○東京海洋大学越中島分校の百周年記念館で 「大洋丸」航海日誌を今日は庄司先生の許可で閲覧する。 以下は1時間30分の閲覧で行ったその抄録である。 昭和15年 第11次航 上海 08.18→08.21 上海→神戸 08.22 神戸 08.23→08.25 …

大洋丸>本庄栄治郎

○「本庄栄治郎」坂本さんから教示の「本庄栄治郎著作集」からの、「大洋丸」抄録は次ぎの通りである。 ●「昭和12年10月7日」昭和12年4月15日、私は郵船箱根丸の船客となって神戸を発し、5月23日にマルセイユに上陸し、ベルリンに本拠を置いて欧州大陸各地を…

大洋丸>昭和15年1等運転士沖義八郎

○東京海洋大学越中島分校の百周年記念館で 「大洋丸」航海日誌を吉田先生の許可で閲覧する。 以下は1時間ほどの閲覧で行ったその抄録である。●「大洋丸」 昭和15年 船長:徳永貞砥 1等運転士:沖義八郎 2等運転士:内田実治・伊藤一兵・山梨亀太郎 3等…

大洋丸>小田桐誠著書と深井人詩著書

11月7日、坂本さん教示の「大洋丸」記事を掲載するという「日本・欧米間、戦時下の海」および「本庄栄治郎著作集10」の貸出票を東陽図書館に出す。いずれも都立中央図書館所蔵本である。坂本さんに教えて貰ってから、予約するのが大変おそくなった。申し…

大洋丸>田久保英夫の小説

○芥川賞作家田久保英夫の兄・田久保光太郎は「大洋丸」の厨房員だった。田久保の小説には兄の記憶が点綴されている。田久保は2001(平13)年4月14日、食道癌による動脈破裂で死去、文芸雑誌の追悼作品解説に「大洋丸」らしい船の船員が出てくる。 ●処女作「…

大洋丸>お孫さんの墓参

○昨報、大洋丸乗船者のお孫さんは、 最近、幼い頃父から聞いた祖父の事を思い出し、 多分「大洋丸」で検索して、 このブロクを発見されたらしい。 墓参して亡くなった期日、昭和17年5月8日を確認、 大洋丸乗船者だったろうといわれる。 父上の話では、お…

大洋丸>乗船者のお孫さん

○「布哇年鑑」日布時事社のものは以上のほかに、早大にはない。 大洋丸の一人の乗船者のお孫さんが、このブロクを見たといって、 その乗船者についてメールで問い合わせて来られた。 珍しい出来事である。

大洋丸>布哇年鑑1934-35

●引き続き「布哇年鑑1934-35」より、大洋丸記事を抄録する。 「昭和8年12月2日」禁酒撤廃を見越し、米大陸行き日本酒を積んだ大洋丸寄港(p34) 「昭和8年12月20日」桑港よりの大洋丸で経済評論家の高橋亀吉氏が寄港、正午よりヌアヌ青年会で講演(p34) 「…

大洋丸>「布哇年鑑1934−35」乗船者芳名

●引き続き「布哇年鑑1934-35」より、日本郵船太平洋航路船関係記事を抄録する。 「昭和8年11月21日」桑港よりの龍田丸でロンドン駐在財務官津島寿一氏、前桑港総領事若杉要氏ら寄港。 「昭和8年12月2日」税金を払った酒類の布哇輸入に対しては干渉せずとウッ…