大伴家持>田辺福麿

「田辺福麿」
天平20年3月、橘諸兄の使者として家持を訪ねてきた。造酒司令史とは酒を醸し、甘酒や酢などをつくる役所の三等官であるが、歌集もある歌人である。どういう役目があって左大臣の使者として越中に来たのであろうか。万葉集編集の話か、政治的密談であろうか。家持は手厚くもてなしをしている(「梅原猛著作集12」集英社1982 p759)
「坪野哲久」
昭和15−17年、早稲田大学で働いていた。友人・渡辺久次郎の世話で就職していた。15年7月2日に大隈講堂下で写真を撮っている。17年1月にはやめている。1年半の勤務、なにをしていたかを調べて欲しい(森繁喜)*このことを書いてあった本をメールで訊ねる。